日本民謡ガイドブック

民謡ガイド⑤ 貝殻節 〜歌詞、解説、意味〜

貝殻節

民謡は難しくないし、古臭くない!日本に伝わる民謡を一曲ずつ解説していきます。第5弾は鳥取県の新民謡、貝殻節。

気高郡気高町浜村温泉地方に伝わる唄で、元唄は「ヤレ漕げソレ漕げ」という威勢のいい掛け声の入る、櫓漕ぎ唄です。かつて、鳥取のこのあたりの海岸には、板屋貝(帆立貝)がたくさん発生していました。この貝殻節は、貝をとり生活を立てていた漁夫たちが、舟を漕ぎながら歌った作業唄。そう思って聞けば、しみじみ味わいを感じます。

児玉宝謹の寸評

前回に続いて海の唄です。本来は海上での作業唄だったもので、曲目は「元唄貝殻節」といいます。それを元にして、新しく改作したのがこちらの「貝殻節(浜村貝殻節とも)」。

こういう曲を新民謡といいます。作詞者、作曲者、当時の歌手、発表年月日等がハッキリしているわけですね。いきおい著作権が発生するのですが、明治後期から大正昭和期に興った「新民謡運動」で多数誕生したそれらは、今となっては期限の50年を過ぎたものが多いので、殆ど氣にしなくていいです。

しかしこの唄の主人公といいますか、元亀井侯の若侍さんも、おもろいキャラやなぁ~と(笑) 警備員→戦士→為政者と辿ったいわゆる「武家・武士」は、太平の御代では殆どすることがない。浜の娘に一目惚れまではよしとして、とらばーゆする前に先ずは試してみればよいものを(その時点で「やっぱ武士がいい」となるはず)、飛び込んでから「しまった」とは、平和ボケか、あまり賢くないか(爆)


でもリタイヤしたとは、どの文献にも書いてないので、どこかの時点で腹を括って頑張った?それとも哀れを伏せてあげてるのかな?

そんなことを思うと、自然と唄声も明るく、踊りも弾むのであります。

 

 

歌詞を読んでみよう!

何の因果で 貝殻漕ぎ習うた *カワイヤノーカワイヤノー
色は黒うなる 身は痩せる
*ヤサホーエーヤ ホーエヤエー ヨンヤサノサッサ ヤンサノエー ヨンヤサノサッサ
忘れられよか 情けも厚い *  あの娘浜村 お湯育ち *
戻る船路にゃ 櫓櫂が勇む *  いとし妻子が 待つほどに *
浜村沖から 貝殻が招く *  嬶よ飯(まま)炊け 出にゃならぬ *
ホタテ貝なら 帆立てて行こうよ *  私ゃあなたに 義理立てる *
押せや押せ押せ 港が見える *  押せば港が 近くなる *

詳しい解説

鳥取県の新民謡。気高郡気高町浜村温泉地方に伝わる唄で、元唄は「ヤレ漕げソレ漕げ」という威勢のいい掛け声の入る櫓漕ぎ唄である。

潮流の関係で何年かに一度、帆立貝が海岸に繁殖すると、賀露港付近の漁師たちが船を仕立てて、ジョレンという漁具に綱をつけて海底に落とし、それに帆立貝を引っ掛けて船に巻き上げる作業をした。その櫓漕ぎに唄ったのがこの「貝殻節」だと云われている。

帆立貝の繁殖は断続的なこともあり、この唄もあまり唄われる機会がなかったのだが、昭和初期、浜村温泉の観光宣伝のために新民謡を制作するにあたり、元唄の貝殻節を編曲してはとの意見があったので、地元の郷土詩人松本嬢葉子氏と、作曲家三上留吉氏との協力を得て、昭和8年「浜村音頭」の名で紹介した。作業唄の節回しが、誰にでも唄いやすいように改作されたので人気を呼び、全国的に知られるようになった。

尚、一番の歌詞は古謡で伝説によれば、亀井候に仕える若侍が貝殻を取る浜の娘に一目惚れをし、武士を捨てて漁師となったものの、貝殻漕ぎのあまりの重労働に思わず漏らした嘆き声であるという。県内でもとりわけ気高町は、町役場を中心に全町をあげて「貝殻節」に取り組んでおり、その気の入れ様には敬意を表する。

また、囃子言葉にはもともと下記の意味があるそうである。
(ヤンサ ホーエイヤ)漁師奉曳哉
(ホーエヤエイエイ イヤサカサッサ)豊栄哉栄栄 弥栄さっさ
(ヤンサノエイエイ イヤサカサッサ)漁師の栄栄 弥栄さっさ

演奏の難易度とポイント

構成:三味線。唄。囃子。鳴り物。

レベル:2/5

 

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