日本民謡ガイドブック

民謡ガイド⑱ よさこい節 〜解説、歌詞、意味〜

民謡は難しくないし、古臭くない!日本に伝わる民謡を一曲ずつ解説していきます。第18弾は高知県民謡、「よさこい節」。

高知県の代表的な民謡で、江戸時代から歌われている歴史ある一曲です。歌に出てくる「はりまや橋」は、高知の観光名所のひとつ。「女性のかんざしを、お坊さんが買っていた」目撃談から始まるこの唄、江戸時代の末期の、竹林寺の僧・純信と、お馬という娘との恋物語を唄ったものとか。実は色っぽい曲なんですね。

児玉宝謹の寸評

前回のソーラン節で少し出ました「よさこい節」。いま若者たちが熱狂乱舞している「現代よさこい」の、一番の元になっている高知県民謡です。

民謡の楽しみ方

 

 

さぁ、読み進めて下さいませませ!!!

 

歌詞を読んでみよう

土佐の高知の はりまや橋で 坊さんかんざし 買いよった(買うを見た)
「よさこい よさこい」
土佐はよい国 南をうけて 薩摩颪が そよそよと
「  」
見ませ見せましょ 浦戸をあけて 月の名所は 桂浜
「  」
言うたちいかんちや おらんくの池にゃ 潮吹く魚が 泳ぎよる
「  」
よさこい晚に来いと 言わんすけれど 来て見りゃ真実 来いじゃない
「  」
坊さんかんざし 買いそなことよ 瞽女さん眼鏡を 買いよった(めくらが提灯買うを見た)
「  」
わしの情人(といち)は 浦戸の沖で 雨にしょんぼり濡れて 鰹釣る
「  」
夜さ来いどころか 今日この頃は 人の知らない 苦労する
「  」
様よ行かんかよ お倉の裏へ 忍び桜の 枝折りに
「  」
思うて叶わにゃ 願掛けなされ 流行る安田の 神の峰
「  」
浮名竜田の 山路を行けば 顔に紅葉が ふりかかる
「  」

 

詳しい解説

高知県民謡。

よさこいとは「夜サ来い」の意味で、囃子言葉がそのまま曲名になった。成立については諸説紛々で、農村の作業唄がお座敷唄になったのか、最初からのお座敷唄なのか定かではない。また慶長5年(1600)山内一豊の高知城築城の場で唄われた「木遣り音頭」が変化したものとか、松島節が高知に入って盆踊り化したものとか、元禄時代の流行り唄「清十郎節」が参勤交代によって導入され、城の奥女中や高知城下の一部で唄われ出したのではないかなど様々に言われているが、いずれも憶測の域を出ない。

ただ当時、全県的に唄われ出したのはカンザシ事件がきっかけである。高知市五台山竹林寺の脇坊の僧純信が、五台山長江の鋳掛屋新平の娘お馬と恋をし、はりまや橋でかんざしを買い与えた。噂が広まってからは、国境の関を越えて讃岐に駆け落ちしたが、追手に捕らえられ市中にさらされた上、純信は藩外追放に、お馬は仁淀川以西へ追放処分となった。

“おかしなことよな はりまや橋で 坊さんかんざし 買いよった”

この唄が、幕末から明治維新に活躍した土佐勤王の志士たちによって京都や大坂で唄われ、更に“土佐の高知の”という現行の歌詞に改められ、明治3年頃を絶頂期として全国的に流行したのであった。

演奏のポイント

現代よさこいでも日本民謡でも「元唄」と言っていい格式があるかも知れません。それだけに、しっとりと弾き唄いで演奏したいものです。旋律同期型なので、さほど難しくはないでしょう。いにしえの芸妓たちも、そのようにお座敷で演奏していたのですから…

あと、演奏のポイントではないですが、地元高知県のよさこいチームの方から伺ったお話しを一つ!

戦後、兵士たちが命からがら帰国すると、家も街も瓦礫と化しており、憂さ晴らしにお座敷の芸妓たちに乱暴する事件が相次いだので、花街を取り仕切っていた若大将が苦悩の末に「まつりをやろう」と!それで新しく創作されたのが、第二世代よさこいと呼ばれる「よさこい鳴子踊り」なのだと。

…ってことで、次回は「よさこい鳴子踊り」をご紹介しますね~。

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